2024年4月2日火曜日

新しい庭

 15年住んだ石川県かほく市から、群馬県安中市の生家跡に建てた新居に引っ越してまもなく3週間になる。古希を目前に、まさに終の棲家。
 築百年以上経つ蔵を改装して、ギャラリーと休憩  ・談話スペースにする予定。蔵と母屋の間は井戸水を循環させた池を設け、鳥や昆虫も憩える空間にしたい。
 きのうから池の水を貯め始めた。ジル・クレマンの「変化する庭」に倣いたい。

2024年4月1日月曜日

えん麦を蒔く

先日蒔いたライ麦の隣にえん麦を蒔いた。ばら撒きしてから、長靴で踏んだだけ。どのくらい発芽するか?3年前に心臓弁膜症の手術をしてから、体力がすっかりなくなった。加齢も拍車をかけている。不耕起草生農法と書くと聞こえがいいが、ものぐさ、手抜き農法でもある。

2024年3月27日水曜日

ライ麦を蒔く

 

何年も耕作されていなかった実家の畑に、ライ麦のタネを蒔いた。2年前に別の畑に秋蒔きした残り。前回はよく育ってくれたが、春蒔きはどうか。夏に生い茂っていた草は枯れ、その下の土は軟らかだ。不耕起草生農法の始まりだ。

2022年7月3日日曜日

萱

 タイトルの「萱」は、神田神保町にある居酒屋である。先日、上野で美術展を観てから神保町の本屋で時間をつぶし、5時の開店とともに店に入った。4年前の7月に栗駒山に登った帰り、東京で1泊した際、訪ねて以来だ。

 初めて店の暖簾をくぐったのは、よく覚えていないが、もう20年ほど前になる。2002年の秋以降だったことは間違いない。なぜなら、吉田仁著「葉山日記」(かまくら春秋社)が出たのが同年9月だから。この本に「萱」の名前があり、それを見て行ってみた。錦華通りを水道橋に向かって歩いたところにある。著者は1938年生まれ、元雑誌編集長で葉山町在住。

 同書はタイトル通り、葉山に住む著者の日記なのだが、内容はどこそこで酒を飲んだという記述がほとんど。出てくる店の数もおびただしい。本の帯に常盤新平が「他人が酒を飲んで、そのことを書きしるした日記がどうしてこんなにおもしろいのだろう」と書いているが、その通り。はしご酒で深更に及ぶ飲みっぷりに、著者の体が心配になるが、飄々とした姿に、読み飽きない不思議な本だ。酒にだらしなかった往時の我が身を省みて、その坦々とした姿に敬意を覚える。

 東京の本社勤めのころは、3日と空けず神保町で本屋をのぞいていたこともあり、そこにある店なら行きやすかった。当時の女将はSさん。信州生まれで、とても気っ風がいい人だった。板書されたメニューは、どれを頼んでも美味しかった。酒も焼酎を主に地酒が並び、目利きの良さを感じさせた。福島から北陸へと居を移してからは訪ねる機会も減ったが、都合がつけば立ち寄るのが楽しみだった。残念ながら2年前に、83歳で亡くなられた。

 前置きが長くなったが、書きたかったのは、先日そこで食べた「牛蒡と牛肉の山椒煮」。山椒のピリリとした風味がごぼうと牛肉の旨味と食感を引き立て、なんとも言えないおいしさ。後から頼んだ新生姜のかき揚げもすばらしかった。2代目女将のNさんの腕前に唸るしかなかった。



 家に帰ってからあの味を再現すべく、まず実山椒を通販で注文。金沢の近江町市場ものぞいたが、粒の小さい鮮度もいいとは言えない品しかなかった。届いた三重県産の山椒は大粒で新鮮だった。しかし、300グラムの実を枝からむしるだけで大変だった。茹でてさらしたが、長くさらしたせいか、あの辛味が抜けすぎてマイルドになってしまった。それでも噛むと弾ける食感と痺れ感は、他に比べるものがない。牛蒡の山椒煮、昆布の佃煮、ちりめん山椒をつくり、残りは冷凍庫に入れた。

2022年7月2日土曜日

ネムノキ


 ネムノキが花盛りだ。朝早く、犬と散歩していると、風に乗って強く香ってきた。園芸種の植物に比べれば、洗練さで劣るが、悪くない。その花が香ると気づいたのは、この地に引っ越してきた10数年前だが。

 学生時代のある夏、友人2、3人と伊豆に遊びに出かけた。旅程は覚えていないが、西伊豆の民宿に泊まり、海で泳いだ。その前日、南伊豆の吉田海岸まで行った記憶がぼんやりとある。その帰り、バス停のあるところまで引き返す道すがら、見上げるとネムノキが道を覆うように咲いていた。歩き疲れたころ、後ろから軽トラックが来て止まり、国道まで乗せてくれた。その思わぬ“拾う神”に感謝した思い出が重なり、ネムノキは鮮やかに記憶に刻まれている。

 その前のことだと思うが、春休みに1人で奥石廊から南伊豆を経て、西伊豆の雲見まで歩いたことがある。入間から吉田までは海沿いに遊歩道がある。その時の恐怖は今も忘れない。

 入間から小さな岬を曲がると、道は断崖に出る。道幅は大人の肩幅ほど。足元から数十メートル下は、飛沫をあげて波が砕ける石浜だ。折から猛烈な季節風が海から吹き付けてきた。強風と高度感とで足がすくみ、這うようにしてしか前に進めない。もちろん前にも後ろにも人影はない。引き返す手もあったのだろうが、前に進むことしか頭になかった。吉田海岸に着いたときの安堵感はなんとも言えなかった。いま、あの道はどうなっているのだろう。

 山歩きでも高所で恐怖を感じたことは何度もあるが、あの海辺の道で進退窮まったときほど怖いと感じたことはない。


2022年5月29日日曜日

香る季節

道端に咲くノイバラ


 きのう自転車で山道を下っていると、風のなかにノイバラの香りがした。白い小さな釣鐘状の花をつけた木があったので、行き過ぎてから戻ってじっくり眺めた。エゴノキだった。この花も香りを放つが、急斜面に生えていて近寄れず、香りはかげなかった。

 エゴノキを知ったのは学生時代、友達を誘って武蔵丘陵森林公園を歩いたとき。プレートにその名前を見つけた友人のKが「面白い名前だな」と笑った。名前の由来は、苦味の強い果皮を食べるとエグみを感じるところからついたようだが、友人が連想したのはエゴイストの「エゴ」。つまり自意識。以前、ブログに書いたが、ジョン・グレイは「猫に学ぶ」で、人間という動物の特別なみじめさの原因として、「再帰的自意識」を挙げていた。

 Kは当時、クラシックギターを熱心に習っていた。大学卒業後、百貨店に就職したが、ギターを諦められず会社を辞めてプロを目指した。しかし、コンクールに挑戦しても落選が続き、失意のため自死した。不惑を過ぎていた。エゴノキは、その友人の思い出と切り離せない。

トベラの花

 今朝、犬の散歩のとき、道沿いのトベラとシャリンバイが花盛りだった。トベラをかぐと、いい香りがした。バラ科のシャリンバイも芳しい。ともに海岸近くに生えるので、当地に住んでからよく目にするようになった。

 朝食後、庭で草取りや水やりをした。しゃがんで作業をしているとバラが香ってきた。12年前に住んでから、毎年バラの苗を植えてきた。20種くらいになった。庭に点在するバラと、これもすっかり大きくなった3本のオリーブ。風にそよぐオリーブの葉叢を眺め、バラの香りに鼻孔をくすぐられて、なんとも言えない安らぎを覚えた。室内では、鉢植えのアラビアジャスミンがまだ花をつけている。

つるバラ「フィリスバイド」。これは香らない


2022年5月16日月曜日

ガビチョウ

 

板鼻堰の水辺

 歌うように大きな音色の鳥のさえずりが聞こえ、思わず足を止めた。これまで耳にしたことのない美声。スマホのアプリで録音して解析すると、ガビチョウと表示された。

 調べると、中国南部から東南アジア北部にかけて生息し、ペットで買われていたものがかご抜け、または故意に放されて留鳥となり、いまは南東北、関東、中部、九州北部で見られるという。特定外来生物に指定されている。

 鳴き声を聞いたのは、群馬県安中市板鼻の旧道を歩いていたとき。ここは中仙道の宿場町だったところで、私のふるさと。いま往時の歴史を偲ばせるものはほとんどない。1月に父が亡くなり、その旧道に面した実家を継ぐことになった。そのため、毎月、実家の整理に通っている。時代の波に洗われ、街道沿いの商店も少なくなった。古い家が取り壊され、新しく建てられた家も目につく。そんななかで、旧街道の北側を流れる板鼻堰の風景は昔とそう変わらず、ホッとする。子どものときは日常の風景として意識することはなかったが、故郷を長く離れた者の目には、懐かしさもあるが、絵になる風景として少し自慢したくもなる。

 ガビチョウは北陸にはいないから、思わぬ出会いだった。

2022年5月4日水曜日

アキグミとコチドリ

アキグミ

 きのう朝の散歩で、アキグミが鈴なりの花をつけているのを見つけた。顔を寄せると、香りがする。以前、花が満開のアキグミが何本も生えている坂道を通ったら、折からの風に乗って強い香りが吹き寄せた。

 聞き慣れない鳥の声を識別アプリで録音すると、コチドリと出た。帰宅してコチドリのさえずりをユーチューブで再生すると、アプリの解析通りコチドリだった。海に近い丘陵地帯なので、美声のイソヒヨドリも今の時期、電柱や屋根にとまり、いいのどを披露してくれる。

2022年4月30日土曜日

ハマナス

 



 きのう(4月30日)、かほく市の白尾灯台の下から自転車道に入ったら、ハマナスの群落があり、思わず愛車を停めた。「のと里山海道」沿いに設けられた自転車専用道で、ここを通るのは初めてだった。
 この花の記憶は、20代前半の8月に旅した北海道の野付半島にさかのぼる。その思い出と歌(知床岬)のせいか、夏のイメージが強いが、石川県では5月頃から咲く。しかし、ここでは末とはいえまだ4月なのにたくさんの花をつけていた。鼻先を近づけたら、いい香りがした。さすがバラ科だ。
 すぐ脇を自動車道が走るが、コンクリート壁でドライバーからはまったく見えない。大型連休が始まったので、交通量はかなり多い。

道端に咲くウマノアシガタ


 行きは里山を抜ける道を走った。去年の今ごろは、自転車に乗って坂道にかかると息がすぐに苦しくなった。手術からまだ3か月だった。
 いまはだいぶよくなった。道端を黄色く彩るウマノアシガタを今年も見ることができた。コンビニで新聞を買い、さらにイオンモールにある書店まで足を伸ばした。帰りに海ルートを取ると、ハマナスの花たちに出合えた。身近なところで自然を楽しめるのも、老いたればこそかもしれない。

オンソリ山とカタクリ


 白山市瀬波のオンソリ山(888.6m)を68歳の誕生日を記念して先日登ってきた。昨年1月に心臓の手術をしてからピークを目指す山歩きは初めて。心臓や足がどう反応するのか知りたかったこともある。

 オンソリ山(大恐山)は、書店で分県登山ガイド「石川県の山」を立ち読みしたとき、初めて山名を目にした。持っている古い版には記載のない山だった。登山口近くに広大なカタクリの群生地があるというのにも惹かれた。

 出かけた4月下旬、カタクリは終わっているようだったが、山頂近くではトクワカソウが見られるという。以前登ったことのある蟹ノ目山はこの花の群生が見事で、再訪したことがある。

 やはりカタクリはわずかしか咲いていなかった。1万坪という群生地はたしかに広い。しかし、ネットで「日本一広い」という記述を目にすると、全山をカタクリが覆う秋田の山を思い浮かべ、首を横に振るしかない。いまは仙北市になった旧西木村の群生地が有名だが、カタクリの広大な群生はそこに限らない。岩手県にもあちこちにあるようだ。どうも日本人は、ほかと比べることなく「日本一」と自慢したがる。「ここは日本一住みやすい」「ここの魚は日本一うまい」など様々に。そう言う人は決まって、他の土地に住んだこともなく、旅の経験も少ない。「ニッポンチャチャチャ」につながる心性である。

トクワカソウ

途中で見えた白山。山頂は眺望なし。

 ゆっくり歩いて山頂まで2時間。思っていた以上に急登が続いたが、ブナの新緑、残雪の白山、タムシバの白い花、トクワカソウに励まされた。怖いのは帰りだった。案の定、途中で足を取られて転んだ。左のヒザ下を擦りむいたが、その程度で済んだ。

 まだ里山程度なら歩けることがわかった。しかし、脚力は明らかに落ちた。急な下りを軽やかに追い抜いていくシニア男性の後ろ姿にため息が出た。あれに近い足運びができた日は遠い昔だ。もう山頂を目指すことはやめよう。頂きに立たなくとも、木々や花々を愛でることはできる。

 敬愛する辻まことは、ひたすらピークを目指すだけの、日本人の山歩きを馬鹿にしていた。日本では山歩きが文化にならないのは、山頂を極めてよしとする、そんなスタイルにあるのではないだろうか。負け惜しみに聞こえるが、山は一人で楽しむに限るとしみじみ思う。カタクリの花は見られなかったが、時期には登山者が数珠つなぎとなる山でなくてよかった。


盛りを過ぎたタムシバは香らなかった。

2022年4月24日日曜日

W.Hハドソン

アカメガシワの新芽

 朝、雑木林とぶどう畑の間を抜ける道を歩く。鳥たちの鳴き声がにぎやかだ。カワラヒワ、ホオジロ、シジュウカラは常連組。双眼鏡を手に歩くが、声と姿をゆっくり楽しませてくれることはなく、飛び去ってしまう。

 W.Hハドソンは「鳥たちをめぐる冒険」(講談社学術文庫)のなかで、人生の最大の楽しみの1つとして、「生物の生活領域の真っ只中に、いわば目にみえぬ姿となって入ってゆくこと。本当にそうしたいと思えば不可能ではない」と書いている。生物とは鳥たちのこと。「小さな小鳥のなかには私たちの罪のない覗き見を気軽にかなえてくれるものがいる」と。

  ハドソンはアルゼンチンのパンパに育った。自然とともに生きた幼年時代の思い出をつづった自伝文学の傑作、「はるかな国とおい昔」(寿岳しづ訳、岩波文庫)を読むと、鳥たちの世界に魅せられたハドソンの親和力を感じる。私にはとてもそんな鳥たちの警戒を解くことはできないが、上記の本を読んで、鳥たちへの興味がかつてなく湧いてきた。たしかに人間への距離のとり方は、鳥によって違う。シジュウカラは近くを通りかかっても、すぐに逃げたりせずにさえずり続けることが多い。

 鳥の鳴き声や姿から名前がわかる野鳥が少しずつ増えてきた。そうなると、鳥の存在がずいぶん身近に感じられるようになる。それは鳥に限らない。草や木々、雲でも名前をわかるようになると、「自然」と一括りすることになんの意味もなくなるのと同じだ。

2022年4月2日土曜日

春の里山



 金沢の平栗にカタクリを見に出かけたが、まだ時期が早くほとんど咲いていなかった。そのかわり、キクザキイチゲが思いのほか多く見られたのはよかった。ほかにショウジョウバカマやスミレ。木の花ではサンシュユの黃が鮮やかで目を引いた。コブシはまだつぼみだった。

 バスを使ったので、行きに1時間、帰りは野田山墓地の方へ下りたのでバス停まで2時間ほど歩き、何十年ぶりかに血豆ができた。去年1月に手術をしてからこんなに歩いたのは初めて。疲れることにより得られる、いい意味での脱力感を喜んだ。もう本格的な山歩きは無理だろうが、機会を見つけて里山や高原歩きを楽しみたい。

 小さな池のほとりで、持参の玄米おにぎりを食べた。玄米ご飯は、いやでもよく噛まざるを得ない。いやこの言い方は間違い。何度も噛むことで、米粒が糖化されて口の中に旨味が広がる。老いることのよさの1つは、シンプルの良さを再発見していくことだろうか。


 シンプルといえば、歩くことも移動手段として最も基本になるものだろう。出かけたのは土曜だったので、この里山を訪れる人は少なくなかったが、歩いてくる人は見かけなかった。歩いたことで、群生地を外れた、クルマからは目に入らないところにポツンと咲いていたカタクリに会うことができた。さらにスミレの花に次々留まるギフチョウを撮ることもできた。クルマを使うことで出会えないものやことも多いのだ。



2022年3月31日木曜日

猫に教わる


 少し前に書いたジョン・グレイの「猫に学ぶ」を読んでいたとき、新聞の新刊広告で南木佳士のエッセイ集「猫に教わる」を見つけた。この作家の熱心な読者ではないが、思い出したように何冊かを読んできた。生まれが群馬県であること、秋田で暮らしたことがある点、熱心に山歩きをした経験があることの3点が共通していて、日本の現代作家の中で親しみを感じる数少ない一人だ。

 署名は「猫に教わる」だが、同名の1編のほかに、猫を題材にしたエッセイは「トラの命日」くらい。タイトルのエッセイは、通勤の途中で見かけた猫の母子を描写したもの。人間への警戒をすぐに解いて、母猫にじゃれかかった子猫を母猫が前脚で叩き伏せた姿に、「姑息で薄っぺらな」我が身を省みて、作家は「いま、この瞬間を懸命に生きる春の野生が、老いてしたたかになった身の傲慢さを浮き彫りにする」と自戒する。

 猫から学ぶという点ではジョン・グレイの本と共通するが、大半は作家の身辺雑記が占める。その中で記憶に残ったのは「じゃがいもの天ぷら」と題したエッセイ。西日本出身の若い研修医たちとの会話の中で、作家が好物のじゃがいもの天ぷらを話題にすると、「ええっ、じゃがいもの天ぷらなんて聞いたこともありません、と異口同音に驚かれた」という記述がある。私も作家のように、じゃがいもの天ぷらは好きだが、このエッセイを読んだ後、北陸出身の妻に尋ねると、育った家でじゃがいもの天ぷらを食べたことはないという返事だった。

 作家の「生まれ育った上州の山村の冠婚葬祭には必ずじゃがいもの天ぷらと地粉のうどんが出た。(中略)育ての親の祖母が作ってくれる夕食は煮込みうどんだけのことが多かった。そこにじゃがいもの天ぷらが加わればごちそうだった」

 作家は地粉のうどんと書いているが、私の実家では冬になると、母がよくおきりこみを作った。こね鉢でこね、手動の製麺機で伸ばし、ギアを換えて機械にかければうどん状になる。うどんと違うのは、白菜などを煮込んだ味噌仕立ての鍋の中に、打ち粉のついたまま麺を投じることだ。めんを茹で上げていないから、ぐつぐつと煮こむととろみが出る。ふうふうしながら食べると、からだの芯からあたたまる。

 ただ、作家の記述でおやっと思ったところがある。「やはりゆでたじゃがいもに衣をつけて揚げるのは特殊な食べ物なのか」。ゆでてから揚げるというのは初耳だった。作家の生まれた吾妻地方では、それが一般的だったのだろうか。情報をお持ちのかたがあれば、ぜひお聞きしたい。

 写真には、昨年師走に読んだ谷口ジローの「犬を飼うそして…猫を飼う」も入れてみた。涙腺が刺激された1冊。谷口の作品では「『ぼっちゃん』の時代」を随分前に読んだ。数年前からフランスのメディアに接するようになって、驚いたことの中に、フランスでの谷口の評価の高さ。日本よりよく読まれているのではないだろうか。宮崎駿については、仏ラジオの哲学番組でシリーズで取り上げられるなど折につけ紹介されている。知人のフランス人に「どんな存在か」と問うたら、「Dieu!」(神だ)と返された。


 

2022年3月26日土曜日

堆肥づくり

 


 コンポスターをネットで購入して、堆肥づくりを始めた。容器を買わなくても、段ボール箱を使って堆肥を作る方法が主に自治体のサイトでたくさん紹介されているが、写真のような不織布製の筒型の容器が使いやすそうで、使い捨てでもないので試してみることにした。

 くん炭、ピートモス、米ぬかを基材にして2月21日から野菜くずやコーヒーかすなどの投入開始。5日目には挿しておいた温度計は56度まで上がり、かき回すと湯気が上がった。暖かな室内に置いたので分解が促進されたようだ。堆肥ができるまで2,3か月かかると書かれているサイトが多かったが、3月24日に投入をやめた。野菜くずはほぼ分解され、温度も上がらなくなっていた。容器から中身を育苗に使っていたプラの衣装箱に空け、赤玉土と庭土を少し入れて混ぜて蓋をして庭に置いた。水をときどき加えながらひと月ほど様子を見て、野菜づくりに使う予定だ。

 野菜づくりを始めて30年以上になる。転勤のたびに市民農園を借りるというノマドファーマーの期間が長く、1か所に腰を落ち着けて栽培を続けることが困難だった。そんなこともあり、無農薬、有機栽培が理想だったが、現実はホームセンターで買ってきた堆肥や化成肥料を適当に施す安直な野菜づくりだった。


 時々読んでいた雑誌「スペクテイター」のバックナンバーの中に「土のがっこう」と題した特集があるのを知り、取り寄せた。この中に堆肥・育土研究所を主宰する橋本力男氏の「堆肥づくりは感性の扉」の記事があり、大いに啓発された。図書館から著書の「畑でおいしい水をつくる」も借りてきた。そこで分かったのは、普通に売っている堆肥と、橋本氏が指導する適切に管理・発酵された堆肥はまったく違うものだということだ。橋本氏によれば、微生物によって引き起こされる発酵は「生物燃焼」であり、堆肥づくりは高温で燃焼させる技術なのだ。

 思い出したのは、小麦酵母を使ったパン作りのことだ。パン作りに使う自家製天然酵母は、普段は冷蔵庫に保管している。作り始める2,3日前に冷蔵庫から出す。ライ麦と水を足し、砂糖か蜂蜜を少し加えてかき回す。一晩たつと、酵母の表面に細かな穴が空きぷくぷくと再発酵を始め、活性化したのがわかる。コンポスターの温度が上がらなくなってから米ぬかを足すと、翌日には温度が急上昇していることがあった。微生物による発酵の力を目の当たりした。パンと土作りに引き続き励んでみたい。

2022年3月20日日曜日

猫に学ぶ

 

下草の緑が広がってきた

 書店や図書館で本を手に取り、目次を一瞥し、中をパラパラとめくる。書き出しを読むことはあっても、中の文章を読むことはない。しかし、「これは自分が読むべき本だ」とピンと来ることがある。反対に、書評を読んで気になり手にしたものの、「読みなさい」と本から呼びかけられないこともままある。

 ピンと来て、読み始めたものの本の世界に入っていけないこともあるが、たまに大当たりを引くこともある。だから、本を読むことはやめられない。

 図書館で借りたジョン・グレイの「猫に学ぶ いかによく生きるか」(みすず書房)は、大当たりの1冊だった。ちなみに今年は前田利鎌の「臨済・莊子」、そしてグレゴリー・ベイトソンの「精神と自然 生きた世界の認識論」と岩波文庫で大当たりが続いている。今年はこの3冊を原書で読んだり、再読するだけでいいのではと思うほどだ。

 「猫に学ぶ」は読み出してほどなく、こんな下りがあり、ぐっと心をつかまれた。

 猫は哲学を必要としない。本性(自然)に従い、その本性が自分たちに与えてくれた生活に満足している。一方、人間のほうは、自分の本性に満足しないことが当たり前になっているようだ。人間という動物は、自分ではない何かになろうとすることをやめようとせず、そのせいで、当然ながら悲喜劇的な結末を招く。猫はそんな努力をしない。人間生活の大半は幸福の追求だが、猫の世界では、幸福とは、彼らの幸福を現実に脅かすものが取り除かれたときに、自動的に戻る状態のことだ。

 小学生のころまで実家で猫を飼っていたことがあるが、その後、犬猫とは疎遠な時間が続き、56歳から犬を飼い始めた。猫も嫌いではなく、この本を読んで、機会があれば飼いたくなった。この本はもちろん猫に限定して書いているが、 「本性(自然)に従い、その本性が自分たちに与えてくれた生活に満足している」のは、犬も同じだ。食べて寝て歩くだけの生活と言ってしまえば、身も蓋もなく聞こえるかもしれないが、それぞれの行為に無心に打ち込む姿にはいつも心を動かされる。

 こんな指摘にもうなづかされる。

 時間のなかを進んでいくというわれわれの自己イメージは、われわれはいずれ死ぬという認識を生む。そのために人生の大半を費やして、自分自身の影から逃げ回る。死の否定と、人間の魂の分裂は表裏一体だ。人間は自分の死を思い出させるものを片っ端から恐れ、その経験の多くを、自分の内なる無意識的な部分へと押し込む。人生は闇のなかでじっとしていようという闘いになる。それにひきかえ、猫は、自分自身の内部に闇を抱える必要がない。猫は昼の光のなかで生きている夜行動物のようだ。

 悲しみは動物と共通しているが、人間の場合、思考がつねに自分の身に戻ってくるので、悲しみが倍加する。この再帰的自意識が人間という動物の特別なみじめさの原因である。

 夏目漱石の小説のなかに、自分のうちへうちへととぐろを巻く自意識に悩まされる主人公がいたと思う。題名はわすれたが、ジョン・グレイが言うところの「再帰的自意識」と同じだろう。そう、そんな自意識がなければ、犬や猫のように屈託なく生きられるのだが。 

 


2022年3月5日土曜日

ヒメリュウキンカ

道端の土手に咲いていたヒメリュウキンカ

 北陸の冬は晴れ間が少なく、散歩や自転車に乗れる日がとても限られる。きょうは自転車でコンビニに毎日新聞(書評・今週の本棚が載っている)を買いに行き、図書館に寄って本を返した。行きは猛烈な向かい風、帰りは海沿いを追い風で走り、降り出した雨に追い立てられるように帰宅した。往復1時間半ほど。いい運動になった。自転車で遠出したのは今年は1月8日以来だ。

 きのうは珍しく晴れて散歩に出たら、ヒメリュウキンカが咲いていた。梅も花を付けていたが、秋間や榛名の梅林を見たことがある上州人としては、北陸の梅の木はとても貧相だ。日照が少なく、雪に見舞われるせいだろうか。

 当地に移り住んで13年になるが、この地方で春を告げる花といえば、ヒメリュウキンカだろう。もっとも、ヨーロッパと西アジア原産のこの帰化植物がいつからこんなに広がったのかは知らない。転勤で住んだ関東や東北で身近に咲いているのを見た記憶はない。ウィキペディアによれば、有毒成分があり、牛や羊など草食動物が摂取すると命にかかわるため、アメリカの州のなかには栽培を禁止しているところもあるようだ。
 

当地の梅は付ける花の数がとても少ない。


2022年2月7日月曜日

ガエル・ファイユの音楽


 朝、紙が椅子から落ちたので拾い上げると、ガエル・ファイユ(Gaël Faye)の「Chalouper」の歌詞をプリントアウトしたものだった。
 そこでSpotifyのお気に入りに入っているこの曲を流し、仏語の勉強を兼ねて訳してみた。
 ガエル・ファイユはブルンジで生まれ、ルワンダとフランスの国籍を持つ作家、作曲家、ラッパーで、今年8月で不惑を迎えるようだ。自伝的な作品「PETIT PAYS」で作家デビューし、高校生が選ぶゴンクール賞、FNAC小説賞を受賞。ゴンクール賞でも最終候補作となり、フランスで40万部以上の売り上げを記録したという。日本でも翻訳がハヤカワ文庫から出ている。
 Chalouperは、肩を揺すって踊る、歩くという意味。フランスのラジオ番組で初めてこの曲を耳にしたとき、物悲しいメロディーに“ひと聞き惚れ”した。歌詞を辞書を引き引き読んでみると、いまの自分にピッタリ来る。多分、30歳前後で作った曲なのだろうが、老いた自分が若い時に踊った曲に寄せて恋人を思い出すという、ある意味シニアの歌なのだ。
 誤訳を承知で紹介してみる。

 いつか腰は曲がり
 顔には過ぎた人生、すべての成功と挫折を語る
 “卒業証書”の跡
 手は風に揺れ
 軽いステップで時を刻み続けるビギンのようだ
 晴れ着を着込んだような日差しの下
 長生きしたある日には
 バルコニーにベゴニアの花
 カリブのメロディー
 居間にはセピア色した写真
 人生の時は過ぎても
 燃え尽きた青春が終わっても
 だれも使い古したからだで
 肩を揺すって踊ることはやめられない
 (リフレイン)
 シャルペ、シャルペ

 春が秋になる前に
 みんなが岸辺を去る前に
 カリブの曲のリフレインを
 レコードプレーヤーでスクラッチしよう
 小さな歩幅でステップを切って
 ダンスフロアで疲れ果てる
 日除けが上がっているあいだは
 心臓の動悸はメトロノームのように規則的
 リフレインが狂ったような年月を思い出させる
 笑ってただ死ぬだろういつか
 ああ、あの突堤を思い出しておくれ
 ぼくたちの思い出の波の音を
 いつかこのリフレインが戻ってくる
 私の声が消え去るときに
 リフレインを思い出しておくれ
 肩を揺すって踊り続けておくれ
(リフレイン)
 シャルペ、シャルペ

 ぼくのステップで回っておくれ
 ぼくときみに、年月は滑るようにやってくる
 愛が終わるまで踊り続けよう
 シャルペ、シャルペ、シャルペ

 ビギンはウィキペディアによれば、マルチニック諸島がルーツのダンス音楽で、奴隷制度時代におそらく遡り、ジャズの先祖のひとつともされる。

 曲を聴いていると、青春の日々がよみがえる。戻れない日々は常に切ない。

2022年1月24日月曜日

犬の眼



 11日ぶりに外を歩くことができた。雪の日や荒天が続き、出かけられなかった。この間、父が亡くなり、葬儀のため群馬を往復するという思わぬことが起きた。前回散歩した14日は、強風で波の花が岸辺に吹き寄せられていた。その波の花を見た夜に340キロ離れた病院で、父は95歳で不帰の人になった。

 葬儀から帰宅して、ジャン・グルニエの「Sur la mort d'un chien(犬の死について)」を読み終えた。亡き愛犬の思い出や犬をめぐる思索を綴った90編の断章から成る、わずか76ページの薄っぺらでそっけない作りの、小冊子のような本だが、犬を飼ったことがある人が読めば、きっと何度も深くうなづくだろう。

グルニエの「犬の死について」
 
 拙い訳で少し紹介すると。
 「わたしは犬がそうするように、愛をもって振る舞えさえすればよいというシンプルな決まりを持ちたいものだ」

 「毎朝、犬たちはあなたを見つけに来る。そして、あなたへの愛を表す。彼らの一日はこうした愛と信頼の行動から始まる。犬たちは少なくとも意気込んでいるのだ」

 「私は、放浪と狩りという犬の本能を妨げたことに自責の念を感じる。私たちといたために、犬は仕事を失い、無為を強いられたのだ」

 「飼い主になつき、家を気に入った犬たちは、はたして自由である言えるのだろうか」

 「私が病気のとき、愛犬は私のように苦しんでいた」

 「私はしばしばつぶやく。『犬をもう飼わなかったら、人生は快適になることだろう』。そしてそう言いながら、もう飼わないとなれば後悔するだろうことが分かっているのだ」

 「愛情があふれるとき、不安を訴えるとき、犬たちは眼にいっぱい涙をためていた」

 グルニエの犬の眼の描写から、道浦母都子の短歌を思い出した。

 「わたくしの心乱れてありしとき海のようなる犬の目に会う」

 

 
 

2022年1月13日木曜日

波の花

 昨日からの雪は一段落したが、風は鳴り止まず、天気も目まぐるしく変わる。悪天候でこのところ散歩もままならず、昨日は終日、家にこもっていたので、少し歩いてくることにした。高松北海岸に出ると、波打ち際から、白い綿状のものが吹き飛ばされ、砂浜のうえを走っていくのが目に入った。

 あっ、これが波の花か!
 
        


 波の花といえば、奥能登の冬の風物詩として知られる。猛烈な季節風で打ち寄せられた波が泡状になり、花のように空に舞う現象だ。大荒れのきょうのような気象条件になれば、ここでも見られるのだ!テレビでは目にしたことがあるが、実際に見るのは初めて。


 
 
 いくつかの偶然が重なって、波の花に出会えた。家を出て、いつもの散歩コースを歩き始めた。丘を越えるコースに入ったが思い直して、海に向かった。のと里山海道のトンネルを抜ければ、目の前に海が開ける。大しけの波頭がトンネル越しに見えた。しかし、あられが落ちてきた。海辺に出ずに短縮コースで家に帰ろうかと一瞬思った。でも足は、騒ぐ海に吸い寄せられるように海辺に向かった。
 

2022年1月10日月曜日

読書回顧2021年

 

こんなに晴れる日は1週間に1回もない

 去年の読書ノートを開くと、読んだ本は1月3日のカフカ「変身・断食芸人」に始まり、師走の吉川幸次郎「杜甫ノート」まで101冊になる。数から言えばここ7年で最も多いが、谷口ジローの「犬を飼う」や青空文庫で読んだ国木田独歩の短編「小春」、つまみ食いしたマンスフィールド短編集もカウントしているから、100冊突破を意識して“水増し”した感もある。それでもこの7年は年間70から80冊くらいだったから、たくさん読んだ年だったとは言える。

 1月に心臓の手術で20日間入院し、その後も家で過ごす時間が多くなったことが大いに関係している。病気ばかりではなく、一昨年秋に10年間ともに過ごした犬を見送り、犬の散歩がなくなったことで読書時間が増えたこともある。

 読書ノートを繰ってみると、やはり小説や詩歌など文学関係がもっとも多いが、哲学や科学関係もそれぞれ10冊ほどある。総括すると、漢詩の面白さに目覚め、哲学では井筒俊彦とJ.クーパー・ポウイス「孤独の哲学」、山の本では断然、辻まことから多くを学んだ。

 漢詩ではなんといっても小津夜景のエッセー集「いつかたこぶねになる日-漢詩の手帖」と「カモメの日の読書-漢詩と暮らす」の2冊が、それまで持っていた漢詩のイメージをいい意味でぶち壊し、その普段着の和訳で漢詩をごく身近なものにしてくれた。例えば清代の詩人、厲鶚(れいがく)の晝臥(ひるね)という詩の書き出しが上記の本ではこうなる。

  浮き世の思いを

  さっぱりと洗い流して

  日ざかりの門をとざし

  ひとねむりする

 岩波文庫の旧版「中国名詩選(下)」(松枝茂夫選)では――。

 妄信 澡い雪いで尽く空ならしめ、

 長日 門を閉ざす 一枕の中。

口語の現代詩と漢文脈の文語体。同じ詩とは思えない。


 辻まことの本は4冊のうち3冊は40年ほど前に買ったもの。残りの「山からの言葉」も25年前に出た本だ。積読だった本を開くと、まったく古びない言葉と思想があふれていた。

 「辻まことの世界」に収められた「山の景観」から少し引用してみよう。

 「路のない高さに向かって踏みだしていく登山者の独断の背中には祝福のザックがあり、それには健康が詰まっている」「健康が生む機嫌のよさ。この実感を生きようとする私にとって、山と孤独はいつでも心をささえる大切な二要素だ」

 辻まことの言葉には、日本的なじめじめした情感がなく、さっぱりとした潔さがあり、その思想も開放的な個性が打ち出す強さと批判精神にあふれている。串田孫一のような曖昧模糊として内容が空疎な文章とは大違いだ。日本では山の本と言えば、まず串田が挙げられ人気もあるようだが、「山のパンセ」を読むくらいなら尾崎喜八の「山の絵本」の方をお薦めする。ただ、さすがに古びているが。

 タイトルの「パンセ」は、パスカルの著書に代表されるように、深い思索を意味するフランス語だが、串田の本に深い思索の跡は見られない。若菜晃子の「街と山のあいだ」という山のエッセー集を読んだら、串田の思い出をつづった1編があった。しかし、串田を尊敬するあまり敬語・謙譲語の厚化粧が酷く、使い方に誤用もあり、読むに耐えなかった。しかし、Amazonでは口コミ評価が高く、よく読まれているようだ。ほんわかとした文章が読みやすいからだろう。

 かつては山口耀久の本も美文がもてはやされたが、内容に深みはなく、哲学に欠ける。日本の山の文学、エッセーに読むべきものは少ない。山を歩いただけでは思索にならない。そもそも山や海といった自然を前にしたとき、まず言葉を失い、その後なにがしか文章を書こうとすれば哲学がなければ素朴な感想文にしかならないだろう。その点、文語でちょっと読みづらいが、小島烏水の「日本アルプス」は、日本の山岳文学における思想、表現を考えるうえで原点になると思う。

 昨年読んだ本ではないが、ロジェ・フリゾン=ロッシュの「結ばれたロープ」は無類の面白さだった。ノンフィクションならウェイド・デイヴィスの「沈黙の山嶺 第一次世界大戦とマロリーのエヴェレスト」が上下2冊、2段組の長尺だが、読書の醍醐味を満喫できる。 

 小説で面白かったのはスタインベック「怒りの葡萄」、バルザック「ふくろう党」、アンナ・ゼーガース「第七の十字架」、カザンザキスの「キリストは再び十字架にかけられる」、そしてマルセー・ルドゥレダ「ダイヤモンド広場」の計5冊を挙げたい。アメリカ、フランス、ドイツ、ギリシャ、スペイン・カタロニアの作家たちだ。

 「怒りの葡萄」を読んだのは、その前に読んだアーシュラ・K・ル=グウィンの「暇なんかないわ大切なことを考えるのに忙しくて」の中に、こんなことが書かれていたからだ。

 「ザグレート・アメリカン・ノヴェルの名を言え。さもないと命はないぞとおどされたら、私は声を絞りだして言うだろう。《怒りの葡萄》ですと」

 バルザックはここ数年、未読だった作品を読んだり、学生時代に読んだものを再読している。「ふくろう党」は遠い昔に読んだが、筋はすっかり忘れていた。バルザックの小説は、物語が展開する前に、芝居でいったら舞台上の大道具、小道具そして役者の性格の説明が延々と続くものが少なくない。それでとっつきにくいと言われるが、幕が開けば息を呑むドラマが繰り広げられる。「ふくろう党」はそんな前口上もすくなく、物語の世界に入りやすい。想像された長い物語というフランス語本来の意味でのロマンを楽しむのに、バルザックはとっておきの作家である。

 最後に本の値段について。値段の高い本、新刊本はほぼ図書館で借りた。フランス語の原書は8冊読んだが、あちらの本は和書に比べ製本、紙質が粗末だが、値段が安い。ただ残念ながら送料が高い。日本の本は年々高くなっている印象だ。物価上昇を上回っているのではないか。売れないことも原因だろうが、フランスの本のように作りはチープでいいから、もっと買いやすい値段にすべきだ。読者はシニアが多いのだから尚更そうしてほしい。このまま価格が上がり続ければ、本好きはますます図書館で本を求めることになる。

新しい庭

 15年住んだ石川県かほく市から、群馬県安中市の生家跡に建てた新居に引っ越してまもなく3週間になる。古希を目前に、まさに終の棲家。  築百年以上経つ蔵を改装して、ギャラリーと休憩  ・談話スペースにする予定。蔵と母屋の間は井戸水を循環させた池を設け、鳥や昆...