ネムノキが花盛りだ。朝早く、犬と散歩していると、風に乗って強く香ってきた。園芸種の植物に比べれば、洗練さで劣るが、悪くない。その花が香ると気づいたのは、この地に引っ越してきた10数年前だが。
学生時代のある夏、友人2、3人と伊豆に遊びに出かけた。旅程は覚えていないが、西伊豆の民宿に泊まり、海で泳いだ。その前日、南伊豆の吉田海岸まで行った記憶がぼんやりとある。その帰り、バス停のあるところまで引き返す道すがら、見上げるとネムノキが道を覆うように咲いていた。歩き疲れたころ、後ろから軽トラックが来て止まり、国道まで乗せてくれた。その思わぬ“拾う神”に感謝した思い出が重なり、ネムノキは鮮やかに記憶に刻まれている。
その前のことだと思うが、春休みに1人で奥石廊から南伊豆を経て、西伊豆の雲見まで歩いたことがある。入間から吉田までは海沿いに遊歩道がある。その時の恐怖は今も忘れない。
入間から小さな岬を曲がると、道は断崖に出る。道幅は大人の肩幅ほど。足元から数十メートル下は、飛沫をあげて波が砕ける石浜だ。折から猛烈な季節風が海から吹き付けてきた。強風と高度感とで足がすくみ、這うようにしてしか前に進めない。もちろん前にも後ろにも人影はない。引き返す手もあったのだろうが、前に進むことしか頭になかった。吉田海岸に着いたときの安堵感はなんとも言えなかった。いま、あの道はどうなっているのだろう。
山歩きでも高所で恐怖を感じたことは何度もあるが、あの海辺の道で進退窮まったときほど怖いと感じたことはない。
0 件のコメント:
コメントを投稿