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| 道端に咲くウマノアシガタ |
夏の終りに聞くヒグラシは物悲しく、しみじみとします。我が身を老いたセミに喩え、移ろう日暮しを思いつくままに綴ります。老いたセミの日々は仏語で《Les jours de la cigale âgée》。モリエールの国にヒグラシはいないようです。そもそもセミそのものがパリなど北のほうには生息せず、セミといえばプロヴァンスを連想するようです。 やがて死ぬけしきも見えず蝉の声 芭蕉
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| 道端に咲くウマノアシガタ |
オンソリ山(大恐山)は、書店で分県登山ガイド「石川県の山」を立ち読みしたとき、初めて山名を目にした。持っている古い版には記載のない山だった。登山口近くに広大なカタクリの群生地があるというのにも惹かれた。
出かけた4月下旬、カタクリは終わっているようだったが、山頂近くではトクワカソウが見られるという。以前登ったことのある蟹ノ目山はこの花の群生が見事で、再訪したことがある。
やはりカタクリはわずかしか咲いていなかった。1万坪という群生地はたしかに広い。しかし、ネットで「日本一広い」という記述を目にすると、全山をカタクリが覆う秋田の山を思い浮かべ、首を横に振るしかない。いまは仙北市になった旧西木村の群生地が有名だが、カタクリの広大な群生はそこに限らない。岩手県にもあちこちにあるようだ。どうも日本人は、ほかと比べることなく「日本一」と自慢したがる。「ここは日本一住みやすい」「ここの魚は日本一うまい」など様々に。そう言う人は決まって、他の土地に住んだこともなく、旅の経験も少ない。「ニッポンチャチャチャ」につながる心性である。
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| トクワカソウ |
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| 途中で見えた白山。山頂は眺望なし。 |
ゆっくり歩いて山頂まで2時間。思っていた以上に急登が続いたが、ブナの新緑、残雪の白山、タムシバの白い花、トクワカソウに励まされた。怖いのは帰りだった。案の定、途中で足を取られて転んだ。左のヒザ下を擦りむいたが、その程度で済んだ。
まだ里山程度なら歩けることがわかった。しかし、脚力は明らかに落ちた。急な下りを軽やかに追い抜いていくシニア男性の後ろ姿にため息が出た。あれに近い足運びができた日は遠い昔だ。もう山頂を目指すことはやめよう。頂きに立たなくとも、木々や花々を愛でることはできる。
敬愛する辻まことは、ひたすらピークを目指すだけの、日本人の山歩きを馬鹿にしていた。日本では山歩きが文化にならないのは、山頂を極めてよしとする、そんなスタイルにあるのではないだろうか。負け惜しみに聞こえるが、山は一人で楽しむに限るとしみじみ思う。カタクリの花は見られなかったが、時期には登山者が数珠つなぎとなる山でなくてよかった。
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| 盛りを過ぎたタムシバは香らなかった。 |
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| アカメガシワの新芽 |
W.Hハドソンは「鳥たちをめぐる冒険」(講談社学術文庫)のなかで、人生の最大の楽しみの1つとして、「生物の生活領域の真っ只中に、いわば目にみえぬ姿となって入ってゆくこと。本当にそうしたいと思えば不可能ではない」と書いている。生物とは鳥たちのこと。「小さな小鳥のなかには私たちの罪のない覗き見を気軽にかなえてくれるものがいる」と。
ハドソンはアルゼンチンのパンパに育った。自然とともに生きた幼年時代の思い出をつづった自伝文学の傑作、「はるかな国とおい昔」(寿岳しづ訳、岩波文庫)を読むと、鳥たちの世界に魅せられたハドソンの親和力を感じる。私にはとてもそんな鳥たちの警戒を解くことはできないが、上記の本を読んで、鳥たちへの興味がかつてなく湧いてきた。たしかに人間への距離のとり方は、鳥によって違う。シジュウカラは近くを通りかかっても、すぐに逃げたりせずにさえずり続けることが多い。
鳥の鳴き声や姿から名前がわかる野鳥が少しずつ増えてきた。そうなると、鳥の存在がずいぶん身近に感じられるようになる。それは鳥に限らない。草や木々、雲でも名前をわかるようになると、「自然」と一括りすることになんの意味もなくなるのと同じだ。
バスを使ったので、行きに1時間、帰りは野田山墓地の方へ下りたのでバス停まで2時間ほど歩き、何十年ぶりかに血豆ができた。去年1月に手術をしてからこんなに歩いたのは初めて。疲れることにより得られる、いい意味での脱力感を喜んだ。もう本格的な山歩きは無理だろうが、機会を見つけて里山や高原歩きを楽しみたい。
小さな池のほとりで、持参の玄米おにぎりを食べた。玄米ご飯は、いやでもよく噛まざるを得ない。いやこの言い方は間違い。何度も噛むことで、米粒が糖化されて口の中に旨味が広がる。老いることのよさの1つは、シンプルの良さを再発見していくことだろうか。
シンプルといえば、歩くことも移動手段として最も基本になるものだろう。出かけたのは土曜だったので、この里山を訪れる人は少なくなかったが、歩いてくる人は見かけなかった。歩いたことで、群生地を外れた、クルマからは目に入らないところにポツンと咲いていたカタクリに会うことができた。さらにスミレの花に次々留まるギフチョウを撮ることもできた。クルマを使うことで出会えないものやことも多いのだ。
作家の「生まれ育った上州の山村の冠婚葬祭には必ずじゃがいもの天ぷらと地粉のうどんが出た。(中略)育ての親の祖母が作ってくれる夕食は煮込みうどんだけのことが多かった。そこにじゃがいもの天ぷらが加わればごちそうだった」
作家は地粉のうどんと書いているが、私の実家では冬になると、母がよくおきりこみを作った。こね鉢でこね、手動の製麺機で伸ばし、ギアを換えて機械にかければうどん状になる。うどんと違うのは、白菜などを煮込んだ味噌仕立ての鍋の中に、打ち粉のついたまま麺を投じることだ。めんを茹で上げていないから、ぐつぐつと煮こむととろみが出る。ふうふうしながら食べると、からだの芯からあたたまる。
ただ、作家の記述でおやっと思ったところがある。「やはりゆでたじゃがいもに衣をつけて揚げるのは特殊な食べ物なのか」。ゆでてから揚げるというのは初耳だった。作家の生まれた吾妻地方では、それが一般的だったのだろうか。情報をお持ちのかたがあれば、ぜひお聞きしたい。
写真には、昨年師走に読んだ谷口ジローの「犬を飼うそして…猫を飼う」も入れてみた。涙腺が刺激された1冊。谷口の作品では「『ぼっちゃん』の時代」を随分前に読んだ。数年前からフランスのメディアに接するようになって、驚いたことの中に、フランスでの谷口の評価の高さ。日本よりよく読まれているのではないだろうか。宮崎駿については、仏ラジオの哲学番組でシリーズで取り上げられるなど折につけ紹介されている。知人のフランス人に「どんな存在か」と問うたら、「Dieu!」(神だ)と返された。
コンポスターをネットで購入して、堆肥づくりを始めた。容器を買わなくても、段ボール箱を使って堆肥を作る方法が主に自治体のサイトでたくさん紹介されているが、写真のような不織布製の筒型の容器が使いやすそうで、使い捨てでもないので試してみることにした。
くん炭、ピートモス、米ぬかを基材にして2月21日から野菜くずやコーヒーかすなどの投入開始。5日目には挿しておいた温度計は56度まで上がり、かき回すと湯気が上がった。暖かな室内に置いたので分解が促進されたようだ。堆肥ができるまで2,3か月かかると書かれているサイトが多かったが、3月24日に投入をやめた。野菜くずはほぼ分解され、温度も上がらなくなっていた。容器から中身を育苗に使っていたプラの衣装箱に空け、赤玉土と庭土を少し入れて混ぜて蓋をして庭に置いた。水をときどき加えながらひと月ほど様子を見て、野菜づくりに使う予定だ。
野菜づくりを始めて30年以上になる。転勤のたびに市民農園を借りるというノマドファーマーの期間が長く、1か所に腰を落ち着けて栽培を続けることが困難だった。そんなこともあり、無農薬、有機栽培が理想だったが、現実はホームセンターで買ってきた堆肥や化成肥料を適当に施す安直な野菜づくりだった。
時々読んでいた雑誌「スペクテイター」のバックナンバーの中に「土のがっこう」と題した特集があるのを知り、取り寄せた。この中に堆肥・育土研究所を主宰する橋本力男氏の「堆肥づくりは感性の扉」の記事があり、大いに啓発された。図書館から著書の「畑でおいしい水をつくる」も借りてきた。そこで分かったのは、普通に売っている堆肥と、橋本氏が指導する適切に管理・発酵された堆肥はまったく違うものだということだ。橋本氏によれば、微生物によって引き起こされる発酵は「生物燃焼」であり、堆肥づくりは高温で燃焼させる技術なのだ。
思い出したのは、小麦酵母を使ったパン作りのことだ。パン作りに使う自家製天然酵母は、普段は冷蔵庫に保管している。作り始める2,3日前に冷蔵庫から出す。ライ麦と水を足し、砂糖か蜂蜜を少し加えてかき回す。一晩たつと、酵母の表面に細かな穴が空きぷくぷくと再発酵を始め、活性化したのがわかる。コンポスターの温度が上がらなくなってから米ぬかを足すと、翌日には温度が急上昇していることがあった。微生物による発酵の力を目の当たりした。パンと土作りに引き続き励んでみたい。
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| 下草の緑が広がってきた |
書店や図書館で本を手に取り、目次を一瞥し、中をパラパラとめくる。書き出しを読むことはあっても、中の文章を読むことはない。しかし、「これは自分が読むべき本だ」とピンと来ることがある。反対に、書評を読んで気になり手にしたものの、「読みなさい」と本から呼びかけられないこともままある。
ピンと来て、読み始めたものの本の世界に入っていけないこともあるが、たまに大当たりを引くこともある。だから、本を読むことはやめられない。
図書館で借りたジョン・グレイの「猫に学ぶ いかによく生きるか」(みすず書房)は、大当たりの1冊だった。ちなみに今年は前田利鎌の「臨済・莊子」、そしてグレゴリー・ベイトソンの「精神と自然 生きた世界の認識論」と岩波文庫で大当たりが続いている。今年はこの3冊を原書で読んだり、再読するだけでいいのではと思うほどだ。
「猫に学ぶ」は読み出してほどなく、こんな下りがあり、ぐっと心をつかまれた。
猫は哲学を必要としない。本性(自然)に従い、その本性が自分たちに与えてくれた生活に満足している。一方、人間のほうは、自分の本性に満足しないことが当たり前になっているようだ。人間という動物は、自分ではない何かになろうとすることをやめようとせず、そのせいで、当然ながら悲喜劇的な結末を招く。猫はそんな努力をしない。人間生活の大半は幸福の追求だが、猫の世界では、幸福とは、彼らの幸福を現実に脅かすものが取り除かれたときに、自動的に戻る状態のことだ。
小学生のころまで実家で猫を飼っていたことがあるが、その後、犬猫とは疎遠な時間が続き、56歳から犬を飼い始めた。猫も嫌いではなく、この本を読んで、機会があれば飼いたくなった。この本はもちろん猫に限定して書いているが、 「本性(自然)に従い、その本性が自分たちに与えてくれた生活に満足している」のは、犬も同じだ。食べて寝て歩くだけの生活と言ってしまえば、身も蓋もなく聞こえるかもしれないが、それぞれの行為に無心に打ち込む姿にはいつも心を動かされる。
こんな指摘にもうなづかされる。
時間のなかを進んでいくというわれわれの自己イメージは、われわれはいずれ死ぬという認識を生む。そのために人生の大半を費やして、自分自身の影から逃げ回る。死の否定と、人間の魂の分裂は表裏一体だ。人間は自分の死を思い出させるものを片っ端から恐れ、その経験の多くを、自分の内なる無意識的な部分へと押し込む。人生は闇のなかでじっとしていようという闘いになる。それにひきかえ、猫は、自分自身の内部に闇を抱える必要がない。猫は昼の光のなかで生きている夜行動物のようだ。
悲しみは動物と共通しているが、人間の場合、思考がつねに自分の身に戻ってくるので、悲しみが倍加する。この再帰的自意識が人間という動物の特別なみじめさの原因である。
夏目漱石の小説のなかに、自分のうちへうちへととぐろを巻く自意識に悩まされる主人公がいたと思う。題名はわすれたが、ジョン・グレイが言うところの「再帰的自意識」と同じだろう。そう、そんな自意識がなければ、犬や猫のように屈託なく生きられるのだが。
15年住んだ石川県かほく市から、群馬県安中市の生家跡に建てた新居に引っ越してまもなく3週間になる。古希を目前に、まさに終の棲家。 築百年以上経つ蔵を改装して、ギャラリーと休憩 ・談話スペースにする予定。蔵と母屋の間は井戸水を循環させた池を設け、鳥や昆...