朝焼けで丘の上が山火事のようだ |
| 電波塔が炎に包まれているよう。 |
孤独とは、望ましくない状態なのだろうか。孤独死、独り暮らし、孤食、ポッチ……孤独には負のイメージが常に付きまとう。いまは政府までもが孤独・孤立対策担当室を設け、「社会的不安に寄り添い、深刻化する社会的な孤独・孤立の問題について総合的な対策を推進する」とPRする時代なのだ。格差拡大を広げる政策を推進し、その問題を深刻化させてきた張本人が、恥ずかしげもなく“良政”を善導するポーズには、いつもながら呆れるしかない。政府の言う孤独・孤立問題は、経済政策が招いた貧困問題であり、それを掲げて「取り組む」といえないところは、問題のすり替え、政治的レトリックだと思う。
「孤独の哲学」(原一郎訳)の著者、J.クーパー・ポウイスは、孤独こそ「われわれの人格の駆動力であり、エネルギーであり、意志であり、磁力に満ちた中核でもある」と説く。「人間は心の奥底では誰もみな孤独なのだ。子供においてもそのとおりであり、成長してゆく若者もそのとおりだ。そして年を取るほどわれわれはいっそう孤独になるのだ。人間が他の人間に与えることのできる一番賢い忠告は、この自然の法則を受け入れることだ」
コミュ障などと言って、あたかもコミュニケーション能力こそが人物評価のものさしと言わんばかりの風潮がはびこっているが、本末転倒だろう。自分の孤独に向き合えずに、コミュニケーションもなにもないだろう。
ポウイスは書く。「互いに模倣し合い、和解し合い、ほめ合い、羨み合い、競争し合い、苦しめ合っている大勢の人間の流れるままに漂ってゆく、頭脳を欠いた群居性は、自己本来の孤独から逃れようとする企てなのだ。意志の努力によって自分の魂の孤立性を強めるわれわれの力は、大多数の人間があまりにも容易に忘れてしまっているところの或るものだ」
「集団や群集の中において楽しみを求める人は、真赤な頬と、きらきら光る目と、騒々しい笑い声を得ることができる。しかし人々が、ほんの些細なものの中に子供たちが感じるあの喜びに似た幸福感を感ずることができるのは、孤独においてだけである」
その孤独な魂を解放するために、ポウイスが繰り返し述べるのは、宇宙万物の根源的元祖である地・水・火・風の4大エレメントの神秘に沈潜することだ。それをわたしは、こう解釈する。
人気のない大地に立ち、流れる雲を眺め、光と影のゆらぎにじっと目をやり、風を五感で感じること。その中に身をおくとき、人は限りない慰謝を感じるのではないだろうか。抽象的な自然ではなく、肌で感じる地・水・火・風との交感、それが惹起する喜びといったらいいだろうか。
J.クーパー・ポウイスの存在を知ったのは、ほんのひと月前だ。ボーヴォワールの「老い」の中に、その名前があった。調べるとイギリスの作家、哲学者(1872-1963)だった。日本ではこの「孤独の哲学」(みすず書房、1977年初版)と小説「ウルフ・ソレント」が訳されているくらいだが、フランスではかなりの著作が翻訳されて広く読まれている。
ネットで500円で手に入れた。1991年の7刷。30年前の古本からはすえたようなあの匂いがした。手に取ると、カバーに見覚えがあった。書店のみすずのコーナーで何度も目にした記憶が、形にならずよみがえった。
ボーヴォワールは「La Vieillesse」の中で「On old age」という著書から引用していた。その内容に強く引かれた。
ポウイスは、老いの幸せとは地・水・火・風(彼はinanimateと表現し、訳書では《非情なもの》と訳される)に近づけることだという。日差しに身を温める老人と、日差しが温める火打ち石のかけらの間には、言葉にできない相互性があるとも書く。
ポウイスが語る自身の子どもの時の思い出も印象深い。祖父がソファにじっと座ったまま、夕暮れの光と影を見つめている姿に驚くと、祖父は「わしの年では他のことはなにもできないんだよ」と話した。振り返ってポウイスは、祖父が謝ったのは間違っていた。老人には無為でいる権利があるのだと考える。
わたしはポウイスの考えに共感する。「老いについて」の仏訳版を取り寄せて読んでみるつもりだ。
毎朝、空が明るみ始めるころ散歩に出る。人気のない林を抜ける。鳥がさえずり、葉むらがそよぐ。海を望む道に出る。水平線に積雲が連なり、振り返れば東の山の端が明るみ、ときに焼けてくる。風は低地と丘で温度を微妙に変え、頭上でポプラを鳴らす。残月のかかる空では、雲が方角ごとに形をかえ、光で色合いは時々刻々変化する。ひとと出逢うことはまれだ。
ポウイスのいう《非情なもの》の広がる空間は、変転してやまない。二度と同じ風景は見られない。そこを歩むと、こころがほどけてゆく。老いを生きているからこそ、強く感じられるようになってきた幸せだ。そして、孤独であることなしに、この慰めは得られないと実感する。
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